『ネット将棋攻略!早指しの極意』 大平武洋

 

 書籍概要

2015年に出版された大平六段(当時五段)による早指し将棋における考え方の極意が分かる本。

 

感想

将棋ウォーズ級位者が実力をつけるにはどうすれば良いか答えを求めて書店に行き、目にとまって購入した。もともとは最近出版された木村孝太郎の『早指しのコツ~秒読みで負けない感覚と技術~』が目当てだったが両者を立ち読みで比較した結果、大平六段の本書に自分の求めているものを見つけたのでこちらを選んだ。本書を選んだ理由を述べると脱線するので最後に記述する。

本書の構成は終盤・序盤・中盤の順に筆者が重要だと思うポイントを具体的な局面を例に出してコンパクトにかつ漏れがないように要所要所を抑えている。自分の場合は将棋ウォーズ5級でまだまだ序盤に駒組みで失敗することもあるので、序中盤の極意を中心に読んだ。中でも「一つの作戦を選び続ける」「プロのまねをしない」という極意は初心者ほど重要だと思う。観る将棋ファン、いわゆる観る将から自分も指したくなった人ほどプロで流行中の戦法に憧れてまねしがちだが、これは罠である。例えば現在プロでもよく指される角換わりなどの大駒を交換する戦法は序盤から考えることが多く初心者には向かない。大平六段もこのことには序章で触れていて、序盤から積極的には動かない矢倉や四間飛車を勧めている。従って本書で扱う局面も矢倉と四間飛車が多い。これら以外の戦法にも手を出せる人は段位者かそれに近い実力の持ち主なので本書は物足りなく感じるだろう。

自分は藤井二冠のファンで対局を観る機会が多いので矢倉を中心に勉強したいと思う。観る・指すともに相互に関係しているので自分がファンのプロの戦法を勉強するのが一番の上達の早道だと思う。脱線するが観る将にもおススメなのはあきらっぺの『現代将を読み解く7つの理論』だ。プロ・アマ強豪の将棋観を言語化したもので読むことでより深くプロの対局を楽しめると思う。ひとまずは上述の本を再読することで将棋観を養い実力をつけていけたらと思う。

 

蛇足になるが冒頭で述べた比較だが木村孝太郎の『早指しのコツ』は自戦記的な側面が強く、それに伴いアマの段位者と同程度の実力が必要になる。また木村アマが銀河戦で実力を発揮しているのは事実だが、こちらの棋戦は持ち時間とは別に考慮時間が与えられている。早指しといえど将棋ウォーズなどの切れ負け勝負とは性質が大きく異なる。従って切れ負け勝負が主戦場もしくは初心者の場合は大平六段の『早指しの極意』がお勧めで実力がついたら木村アマの『早指しのコツ』と状況に応じて読む本を変えるべきだろう。

『樽』 F・W・クロフツ

 

 書籍概要

英仏を跨って展開されるアリバイものの原点ともいうべきミステリー小説。

 

感想

本書はアリバイ崩しを中心に据えた初めてのミステリー小説と評されており、クロフツの代表作でもある。アリバイものはその性質上一度鉄壁と思われるアリバイが提示された上でそれを再検討し崩すので、読者としては対象となるアリバイを二度検討・読むためどうしても疲れてしまう。本書はおよそ480ページなのに対し、6割強にもあたる300ページほどで鉄壁のアリバイが提示された上で残りのページで崩される。アリバイものは元々事実を淡々と地道に調べるためどうしても長くなりがちである。そこへクロフツの作風として綿密な描写も相まってかなり冗長に感じる。読者はアリバイがきれいに崩されることでカタルシスを得るのだが、そのカタルシスとそこまでの道のりの長さを比較すると『樽』においては両者の釣り合いが取れていないと感じる。

読み終えるのに時間が掛かったのは純粋にページが多いこともあるが、上記の理由で中盤で何度か挫折しかけたからでもある。先駆者がいない分野とはいえもう少し改善の余地があったように思う。

『マハン海上権力史論』 アルフレッド・T・マハン

 

 書籍概要

「シーパワー理論」を提唱したマハンの代表作。

 

感想

本書は1890年刊行と古いものの普遍性があり、海洋の使用およびコントロールの重要性を主張した点において地政学上のマイルストーンと言える。マハンはシーパワーに影響を及ぼす主要素として「地理的位置・自然的形態・領土範囲・人口・国民性・政府の性格」を挙げている。第1章ではこれらの定義づけを行ったのち、イギリスなどの主要国を例に分析していく。その中でも政府の性格や政策の重要性を強く感じずにはいられない。いかに地理的・地形的に優位でもそれを生かす政策をできるか否かで栄枯盛衰が決まる。特に島国である日本には今もなお多くの示唆を与えてくれると思う。

一方で第2章以降はより具体的な歴史に基づいてシーパワーの重要性が説かれるが17、18世紀の帆船時代がメインであり、そのまま今日の世界情勢に当てはめることは難しい。これについてはマハン自身が述べるように類似点よりも相違点に注目して分析する必要があるだろう。また独特な言い回しにより読みづらいため、シーパワーの概要を知りたいのであれば第1章のみでも十分だろう。いずれにせよ地政学を学ぶ者は読んで損はないだろう。

『鋼鉄都市』 アイザック・アシモフ

 

書籍概要

宇宙人惨殺事件の担当となった刑事ベイリとロボットであるR・ダニールのコンビを通して、理解しあうことの大切さを教えられるSFミステリーの傑作。

 

感想

著者のアシモフについては「ロボット三原則」の提唱者という認識しかなく、SFミステリーといいつつもSFがメインでミステリーとしての要素はおまけ程度だと思って読み始めたが、この認識は間違いだった。ミステリー解決の手掛かりは読者にもフェアに提示され、かつミステリーでは当たり前になっている「双子・一人二役」のトリックもSFならではの切り口で扱うことで新鮮さがある。そういう意味ではありふれたミステリー小説よりも「ノックスの十戒」に則っているし、かといって退屈になることはない。

 

本書において地球人はロボットに対して自分たちの職を奪う点で憎悪の感情があり、主人公の刑事ベイリも例外ではない。これは現代人がAIに対して希望感と同時に抱いている不安感にも似たところがある。そんなベイリが宇宙人惨殺事件の担当になり宇宙人との共同捜査に乗り出すのだが、宇宙人側の捜査官はロボットであるR・ダニールなのだ。当然ベイリはロボットへの嫌悪感や早く事件に幕を引きたい一心から相棒のR・ダニールを二回も犯人だと推理する。どちらも結果的には間違いなのだがSFだからこそのトリックであり、それ単体でも短編小説にはなりそうなものを二つも贅沢に使っており冗長さがない。そんな相いれない両者が次第に理解しあい、最後には阿吽の呼吸で事件を解決する過程も読んでいて飽きが来ない。

 

またミステリーでは犯人が犯行を認めて終わるので、どうしても寂寥感ややるせなさが付きまとう。しかし本書は犯人が分かってもそのような気持ちは湧かず、むしろハッピーエンドに対する感情に近い。それは事件の捜査を通してベイリはロボットとの共存を望むようになり、R・ダニールは「赦す」ことを覚え前向きに終わるからだろう。「ロボットとの共生」というテーマをミステリーを交えながらも書き上げたアシモフにこそ天才という言葉はふさわしいと思う。

『雨夜譚 渋沢栄一自伝』 渋沢栄一

 

 書籍概要

幕末から明治にかけて活躍した実業家 渋沢栄一の自伝。

 

感想

渋沢栄一の『論語と算盤』は既読だったが、2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公ということで本書を読んだ。このブログを書いている6月22日時点では一橋家の勘定組頭に抜擢される第19回までが放映されている。『雨夜譚』では渋沢栄一の半生を扱っている都合上、感想内でネタバレは避けられない。大河ドラマを前知識なしで見たい方は以下の内容を読み飛ばすことを推奨する。

 

本書では渋沢栄一の半生を五章に分けており、第一章は豪農の長男として生まれ、尊王攘夷の志士として横浜焼き討ちを試み、断念するまでを描く。この間約40ページながらも話の端々から若くして賢く、また血気盛んだったことが分かる。第二~三章では一転して一橋家へ仕官し、慶喜の元で頭角を現すまでが、第四~五章ではフランスから帰国後に明治政府へ出仕し、退官するまでが数々のエピソードを交えて語られる。

 

渋沢栄一は倒幕の志士、徳川家の家臣、明治政府の官僚と目まぐるしく転身をする。ページにして約200ページなのだが、明治政府を退官したのが33歳の時なのだから驚きだ。当時としては長寿の91歳で亡くなったことから考えると退官まででやっと生涯の三分の一となり、実際のところ本書では語られない実業家時代の方が長いのだ。実業家時代については併収の「維新以後における経済界の発達」で触れられているものの、500もの会社の設立に関わったことに鑑みるとあくまでごく一部分でしかなく、少々物足りない。大河ドラマでは実業家時代をどう描くかが楽しみだ。

『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』 堀栄三

 

 書籍概要

日本軍の情報に対する意識の低さから敗戦に至った太平洋戦争を情報参謀という立場で経験した筆者が独自の視点で振り返る。

 

感想

インターネットが普及し情報が氾濫する現代社会において、これほど示唆に富む本はないだろう。ロングセラーとなり読み継がれているのも納得できる。しかしそれは同時に戦後70年以上経っても、日本人の情報に対する意識が低いことを指し示している。

 

筆者の情報に対する信条は「枝葉末節にとらわれないで、本質を見ること」という土肥原将軍の言葉に立脚している。そして情報は疑うことを第一としており、楽観的思考を排し冷徹に見る。それ故に台湾沖航空戦の大戦果報告を否定する電報を打てたのだろう。

 

本著では敗戦まで日本最大の組織だった日本軍が情報に対する意識の低さにより失敗する話が具体例とともに語られる。まえがきにもある通りこれらの失敗談は現代の企業にも通ずることがあり大いに参考になるだろう。もちろん、太平洋戦争をメインとしているため日本軍の意思決定のあり方の観点から読んでもためになる。どちらの場合も戸部良一らの『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』を併せて読むことで企業等の組織がどうあるべきかが明確になるだろう。

『恐竜はなぜ鳥に進化したのか 絶滅も進化も酸素濃度がきめた』 P・D・ウォード

 

 

書籍概要

カンブリア紀大爆発から現代に至るまでの進化の謎を酸素濃度に注目し紐解いていく。

 

感想

タイトルに惹かれて購入したのだが恐竜に関する記述は全400ページ中約100ページなので期待外れだった。原題は“Out of Thin Air(直訳すると「薄い大気の中から」)”で内容と合致しているので、読者が手に取りやすいようにセンセーショナルな邦題にしたのではないかと勘繰られても仕方がないと思う。

 

肝心な内容だが「生物の進化・絶滅は当時の酸素濃度に影響を受けているのではないか」という考えにのっとり、いくつかの仮説が展開されていく。例えば「カンブリア紀に最も栄えたのはなぜ節足動物なのか」という謎に対しては「多数の体節の下に大きな鰓を持つことで泳ぐ際に抵抗を少なくしつつ、海中の薄い酸素を効率的に取り込んでいた」として大胆な仮説を提示している。他にも酸素量の増加と陸上進出を関連付けて考えるなど興味深い内容となっている。

ただし全ての事象を酸素濃度で説明しようとしている節もあり、鵜呑みにするのは危険だと思う。2010年出版であり日々定説が変わっていく世界であることを念頭において読むことが必要だろう。